旧年は、さとまるで活動することで、地域の方々からたくさんの知識と文化をいただくことができ、とても感謝しております。
北は北海道、南は四万十川まで行きましたね。
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北海道の平取では、開拓に入植した方々の生活は今の大規模農業ではなく森の中の生活であったこと。そして、アイヌという今見ても素晴らしい文化・文明が息づいていること。
東北の紫波では、ブドウの剪定枝を使った竪穴の伏せ焼きによる炭の焼き方・使い方と、小規模な林家のトラクターを使った木の引き出し方・利用の仕方を。
千葉の富里では、北総台地の山間に存在する谷津田が今の田んぼに比べて多様な生物を育んだ稲作だったこと。そして、高い山がないことによる水資源の厳しさを。更科では、現代の生きていく力、生きる楽しさの乏しさとそのために行われている教育と。
山梨の甲州では、若者たちの新たな社会に向けた熱意とそれを支援する先達の経験の協力の形が始まっていること。また、戦後に始まった農業の形態では持続ができず、懐かしさのある新たな農耕が取り組まれていること。
長野の大町では、戦後の高度成長期に工業化に疑問を感じ、自然と共生するための教育を志した人がいたこと。そして、その気持ちが引き継がれ、美しい森を守っていく林業が行われていること。阿智では、自然資源を売りにして都市から若手を取り戻す試みが始まっていること。そして、そのために水力や木を使ってエネルギーを生み出す検討をつづけていること。
静岡の伊豆では、森と海との連携の大切さを再認識する活動があること。森を建材用林業だけでなく、すてきな小物やミツバチの蜜、そして豊かな海洋資源など多様な恩恵を受けられるように活動が行われていること。
奈良の上北山村では、今でも吉野・熊野に広がる深い森の恩恵を受けながらの豊かな食生活があること。そして、そこには南北朝の時代にあった悲しい過去と現代にも残る悲しい状況があること。
岡山の美作では、日本に住む私たちが美しいと思う棚田を復活させる若い力が盛り上がっていること。その豊かな生活と、そこから感じられる新しい協創社会のありかたと。
高知の四万十では、豊かな森があることによる豊かな川の存在と、その川からの恩恵による人々の生活。そして、その生活から生まれる思想・哲学・宗教の強さを
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東京という都会に暮らしてきた私たちにとって、日本のこの多様な地域は、本当に素晴らしい先生であり、教材であり、そして八百万の神が住む場所だな、と感じられた旧年でした。
それと同時に、どれだけ一元化された情報が作り上げたものであり、これから、多くの埋まってしまっている多様な生活・規則を掘りあげていく必要があることを知ったのでした。
本年も、よりよい「さと」の生活をつくっていけるよう、全力で活動を進めていきます。
ぜひ、みなさんも、同じさとの人として、一緒に活動をしていきましょう!
先日さとまる定例ミーティングに参加させていただきました窪(@fuhkyo)と申します。twitterで偶然知ったさとまるですが、大変素晴らしい活動をしており、頭が下がります。大藪さんのおっしゃるように山村には、古代から連綿と続いてきた叡智が詰まっていると思います。そう思うと、軽々に「地域再生」とか「山村復興」というのはおこがましくて言えませんが、私も何かの形で産まれた地域、そして日本に貢献したいと思っています。
返信削除来年は、Uターンで郷里の鹿児島に戻るつもりですが、私は田舎で生きていく術を全くと言っていいほど知りません。この一年は、どうしてやっていけばよいか勉強する一年だと思っています。さとまるの皆さんから、そのヒントを得ることができれば幸いです。よろしくお願いいたします。